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事例紹介

2024.01.15

ドクターマーチン事件 [弁理士 服部 京子]

ドクターマーチン事件 [弁理士 服部 京子]

令和5 年( ネ) 第10048 号 販売差止等請求控訴事件(知財高裁)
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/311/092311_hanrei.pdf
(原審・東京地裁 令和2 年( ワ) 第31524 号
判決:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/497/092497_hanrei.pdf
添付文書1:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/998/091998_option1.pdf

事件の概要
 本事件の原告(被控訴人)は、「Dr.Martens」又は「ドクターマーチン」のブランド名で靴を製造・販売する英国法人です。原告(被控訴人)は、被告(控訴人)による被告(控訴人)商品の販売等行為が原告(被控訴人)の商標権を侵害し又は不競法2 条1 項1 号の不正競争行為に該当するとして、販売等の差止め及び廃棄を求めました。

 なお、控訴審においては不正競争行為に関してのみ判断しています。今回のご紹介で控訴審判決における不正競争行為の判断についてご紹介するとともに、原審との違いについても併せてご紹介したいと思います。

商品等表示該当性について
 原告(被控訴人)は、原告商品の形態が周知な商品等表示に該当するとして訴えを提起しています。商品の形態が不競法2 条1 項1 号の商品等表示に該当するには、商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)、②その形態が需要者において周知になっていること(周知性)を要すると解されています。

 原告(被控訴人)商品(「1460 8ホールブーツ」)については、大半のモデルが備えている以下( ア) ~ ( ク)を形態上の特徴としています(個別形態の特徴は原審判決より、形態についての判断は原審判決を控訴審判決により修正したもの)。

形態( ア):黄色のウェルトステッチ

靴の外周に沿って、アッパーとウェルトを縫合している糸がウェルトの表面に一つ一つの縫い目が比較的長い形状で露出し、ウェルトステッチが視認できる。また、ウェルトステッチには、明るい黄色の糸が使用されており、黒色のウェルトとのコントラストによって黄色のウェルトステッチが明瞭に視認できる。

【個別要素としての顕著な特徴について】
原告商品のウェルトステッチは、ウェルトには黒色、縫合糸には明るい黄色の組合せを使用し、かつ、ウェルトの表面に一つ一つの縫い目が比較的長い形状で露出しているものであるところ、原告が昭和60年に我が国において原告商品の販売を開始した後、少なくとも被告が被告商品2を販売した令和2年までの間において、原告商品のほかに、このような形態上の特徴を有する靴製品が販売されていたことを認めるに足りる証拠はない。
→被控訴人商品全体の特別顕著性を基礎づける個別要素としての顕著な特徴を有していたものと認められる。

形態( イ):ソールエッジ

アウトソールは、垂直方向において接地面に向けて黒色から明るい半透明色へグラデーションにより変化しているような外観を有する。また、ソールエッジには、接地面に対して水平に細い溝が何重にも彫り込まれている。
【個別要素としての顕著な特徴について】
他社の革靴においては、アウトソールにラバーやレザーなどの透明でない素材が用いられることが多いのに対し(甲14の2・10、11頁、 34、75、115)、原告商品においては、アウトソールに半透明のポリ塩化ビニルを使用することで、垂直方向において接地面に向けて黒色から明るい半透明色へグラデーションにより変化しているような外観を実現している(甲19)。また、原告が昭和60年に我が国において原告商品の販売を開始した後、原告商品以外に、アウトソールの形態を、垂直方向において接地面に向けて黒色から明るい半透明色へグラデーションにより変化しているような外観にするとともに、ソールエッジに接地面に対して水平に細い溝を設けたものとした靴製品が販売されていたことを認めるに足りる証拠はない。
→被控訴人商品全体の特別顕著性を基礎づける個別要素としての顕著な特徴を有していたものと認められる。

形態( ウ):ヒールループ

履き口の踵側に長さ約10センチメートルのヒールループが設けられている。また、ヒールループの表面には黒地に黄色の糸で、裏面には黄色地に黒色の糸で、それぞれ「AirWair WITH Bouncing SOLES」と刺繍のように織り出されている。
【個別要素としての顕著な特徴について】
他社の革靴及びブーツにおいても、ヒールループを備える靴製品は複数存在し(中略)10センチメートル近い長さを有すると推測されるヒールループを備える靴製品も存在していることが認められる(甲14の4)。
 しかし、原告が昭和60年に我が国において原告商品の販売を開始した後、原告商品以外に、表面には黒地に黄色の糸で、裏面には黄色地に黒色の糸で、それぞれ「AirWair WITH Bouncing SOLES」と刺繍のように織り出されているヒールループを有する靴製品が販売されていたことを認めるに足りる証拠はない。
→ヒールループに表面には黒地に黄色の糸で、裏面には黄色地に黒色の糸で、それぞれ「AirWairWITHBouncing SOLES」と刺繍のように織り出されている点において、被控訴人商品全体の特別顕著性を基礎づける個別要素としての顕著な特徴を有していたものと認められる。

形態( エ):ソールパターン

ソールパターンは、土踏まず部分より下側の踵部分において溝を水平に設け、他方で、土踏まず部分より上側のつま先部分においては溝を斜めに設けるとともに、底面の外周部分に長方形に凹みを持たせた形状の模様が均一に並べられている等の形状となっている。

形態( オ):アウトソール踵部分の傾斜

アウトソールには、土踏まず部分より下側の踵部分と、土踏まず部分より上側のつま先部分との間に段差が設けられており、かかる段差部分には傾斜が設けられている。

形態( カ):丸みを帯びた靴の前部

靴の前部は、丸みを帯びた形状となっている。

形態( キ):ピューリタンステッチ

クォーターパネルとヴァンプとがピューリタンステッチにより縫合されている。

形態( ク):8ホール

アッパーに、対となるシューレースホールが8個ずつ設けられ、各穴の周りに黒色のアイレットが施されている。
【個別要素としての顕著な特徴について】(形態( エ) ~ ( ク) 共通)
→これだけを独立してみれば、さほど特徴的な形態とまではいえないものの、他の特徴的な形態との組合せにより商品全体の特別顕著性を導く一つの要素にはなり得るものと解される。

以上より、原告(被告人)商品形態の特別顕著性について、以下のとおり判断しています。

被控訴人商品は、特に形態( ア)(黄色のウェルトステッチ)、形態( イ)(ソールエッジ)及び形態( ウ)(ヒールループ)の3点において、他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有し、強い出所識別力を発揮していると認められる。さらに、個別にみればさほど特徴的な形態とまではいえない形態( エ) ~形態( ク) とも組み合わせて全体的に観察すれば、他の同種商品(ブーツ)には全く見られない顕著な特徴を有するものといえる。
 すなわち、上記の形態( ア) ~ ( ク) の特徴を全て備える被控訴人商品は、いわゆる特別顕著性を備えるものと認められる。

 なお、原審においては、各形態の特徴について個別に特別顕著性、周知性を検討、商品等表示該当性を判断し、黒色のウェルトとのコントラストによって黄色のウェルトステッチが明瞭に視認できる形態(ア) のみを、原告(被控訴人)の周知な商品等表示として認定しました(形態( イ)、( ウ) については周知性がないとして周知な商品等表示性ではないと判断)。一方、控訴審では上記のとおり、形態( ア) ~ ( ク) の特徴を全て備える原告(被控訴人)商品について特別顕著性を認定しています。この点について、裁判所は以下のとおり言及しています(下線は筆者)。

 本件において、被控訴人は、被控訴人商品を「被控訴人主張形態( ア) ないし( ク) の形態的特徴を全て有するもの」として定義し(原判決別紙「原告商品目録」)、これらの「形態上の特徴を全て備える被控訴人商品の全体の形態」が被控訴人の周知の商品等表示であるとして、不競法2条1項1号の不正競争に係る請求を組み立てているところである(原判決15頁23行目~24行目)。

 当裁判所は、被控訴人のこの主張を前提に、黄色のウェルトステッチ(形態( ア))だけでなく、形態( ア)~ ( ク) を全て備える被控訴人商品の全体の形態が商品等表示に該当するかどうかを検討し、そのような観点から、被控訴人商品の特別顕著性を肯定したものである。控訴人の主張は、黄色のウェルトステッチ(形態( ア))だけに着目した議論としては首肯できるにしても、当裁判所の上記判断を左右するものではない。
 (4) なお、これに関連して、原審の判断について付言しておく。
 原審は、被控訴人商品が備える形態のうち、黄色のウェルトステッチ(形態( ア))だけを取り上げて、これが周知の商品等表示に当たると判断しているところ、この判断は、控訴人が控訴理由で批判しているとおり、弁論主義に反するものであったといわざるを得ない。もっとも、被控訴人は、当審において、原審の判断は被控訴人の主張と異なるものではないとの趣旨を述べているから、その瑕疵は治癒されていると解されるが、実体判断として採用できないことは上述のとおりである。

 周知性の判断については、その詳細を割愛させて頂きますが、
「形態( ア) ~ ( ウ) の特徴を備える被控訴人商品の形態は、需要者の間に広く認識されており、周知の商品等表示に該当するものと優に認められる」
として、形態( ア) ~ ( ク) を全て備える原告(被控訴人)商品の全体の形態が不競法2 条1 項1 号の周知の商品等表示に該当すると認定しました。

類似性について
 上記のとおり、原告(被控訴人)商品は、形態( ア) ~ ( ク) を全て備えるものして検討・判断されていますが、類似性の判断に関しては、以下のとおり述べています。

被疑侵害商品が上記の特徴を全て備えていない場合であっても、同一性はともかく類似性が当然に否定されるものではない。その類否の判断に当たっては、被控訴人商品の形態の最大の特徴というべき形態(ア)(黄色のウェルトステッチ)がいわば要部となり、最も重視されるべきであるが、それ以外の形態も含めた総合的な判断が求められると解される。

 本事件においては被告(控訴人)商品は2つ挙げられており、被告(控訴人)商品1については、形態( ア)~ ( ク) の特徴を全て備え、原告(被控訴人)商品のデッドコピーに等しいものとして、形態が類似することは明らかであるとしています。

 被告(控訴人)商品2については、形態( ウ)(ヒールループ)を除く部分が被告(控訴人)商品1と同様であり(ヒールループが黒っぽい無地の素材が使用され長さも半分程度である点で異なる)、同じシリーズ商品の異なる型番商品の細部のデザインの違いと認識する程度であるとしています。そして、原告(被控訴人)商品の形態( ア)、( イ)、( エ) ~ ( ク) の全ての特徴を備えることや、最大の特徴と考えられる黄色のウェルトステッチにおいて共通の特徴があるとして、被告(控訴人)商品2についても、形態の類似性を認めました。

混同惹起該当性について
 上記のとおり、原告商品の形態に係る商品等表示の周知性、形態の類似性を鑑み、誤認混同を生じさせるものと判断しています。なお、混同の判断に関しては、価格の違いが問題となる場合があります。被告(控訴人)はこの点を主張しましたが、
「控訴人の主張するような価格差があること(被控訴人商品の真正品は5000円程度では買えないこと)を知っている需要者ばかりとはいえないこと、需要者において、購入しようとしている商品(ブーツ)が被控訴人商品の本来備える品質を備えているかどうかを的確に判断できるとは限らないことを考えると、控訴人の上記主張は採用できない」
として退けています。

 以上、控訴審においても被告行為は不競法2 条1 項1 号の不正競争行為に該当すると判断されました。原審と控訴審とはその結論は同じですが、特に商品等表示該当性の判断部分が異なっています。原告(被控訴人)は、形態( ア) ないし( ク) の形態的特徴を全て有するものとしているのに対し、原審ではそれぞれを個別の商品等表示として判断している部分に問題があったとしています(なお、控訴審における被控訴人(原告)が、原審の判断は被控訴人の主張と異なるものではないの趣旨を述べていることで、瑕疵は治癒されていると解されるとしています)。不競法2 条1 項1 号(及び2 号)は、どこまでを商品等表示であると主張するかは、訴えを提起する際に重要なポイントとなりますが、本事件はその部分を改めて感じるものでした。

 本事件に関連しては、原告(被控訴人)は黄色のウェルトステッチに関して位置商標出願をしており、審決取消訴訟(令和5( 行ケ) 第10003 号)において争われましたが、登録は認められませんでした。興味がある方はぜひこちらもご確認下さい。

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