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事例紹介

2024.05.15

「お年賀マスク」令和3年(ワ)第16043号 損害賠償等請求事件 [弁理士 清水 三沙]

「お年賀マスク」令和3年(ワ)第16043号 損害賠償等請求事件 [弁理士 清水 三沙]

(東京地方裁判所)
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/767/092767_hanrei.pdf

判決言渡日:令和6126
原告:株式会社パウート
被告:サムライワークス株式会社

〔事件の概要〕
 本件は、商標「お年賀マスク」(登録第5322812号、第5類「衛生マスク」)の商標権者である原告が、「お年賀マスク」(以下、「被告標章」)を商品「衛生マスク」に無断使用していた被告に対して損害賠償を請求した事件です。

 被告は、「お年賀」という用語を「マスク」という用語に結合させた場合は、需要者にとって、単に新年に際し親しい間柄の人に贈るためのマスク、すなわち「お年賀としてのマスク」という意味合いしか有しないから、被告標章の使用は商標的使用に当たらないこと等を主張しました。

 これに対し、裁判所は、被告が被告標章を使用していた令和2年の半ばから令和3年頃は、「お年賀マスク」の語自体が普通名称となっていたとは認められないと判断し、被告の被告標章の使用は商標的使用に該当すると判断しました。

 また、損害賠償額の算定において商標法38条2項に基づく損害についは、原告商品が法人向けのものであるのに対し被告商品が一般消費者向けであったことから、原告商品と被告商品は市場が非常に大きく異なると認定し、原告は被告商品の販売数量の95%について販売することはできたとはいえず、被告が得られた限界利益のうち、原告の損害との相当因果関係のあるものは、5%であったと判断しました。

〈被告標章〉

 

 

 

 

 

 

 

〔本件での争点〕
争点1:被告標章は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標であり、本件商標権の効力が及ばないか
争点2:被告標章は、商品の用途として普通に用いられる方法で表示されたものであり、本件商標権の効力が及ばないか
争点3:本件商標は、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり、無効審判により無効にされるべきものであるか
争点4:損害の発生及びその数額

〔裁判所の判断〕
 本件商標と被告標章について、外観は、本件商標は「お年賀マスク」(標準文字)であり、被告標章は太く黒い筆文字の「お年賀マスク」というものであり、類似し、称呼は、「オネンガマスク」で同一であり、観念も、同一である。本件商標と被告標章の出所の混同を否定するような取引の実情は存在せず、本件商標と被告標章は類似するまた、被告商品は、本件商標の指定商品である衛生マスクである。

 争点1(被告標章は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない商標であり、本件商標権の効力が及ばないか)について
⑴ 前記1⑴アのとおり、「年賀」は、新年の祝いや年始の祝賀の意味があるとされる。また、年賀と他の語句とが結びついた語句として広辞苑(第6版)に掲載されているものとして、年賀状や年賀特別郵便、年賀葉書があるが、年賀マスクという語句は掲載されていない。

また、前記1⑴によれば、新年に渡す贈答品を指す語として「お年賀」が使用され、ある程度定着していることがうかがわれること、新年に渡す贈答品としてタオルが用いられることがあり、そのようなタオルについて「お年賀タオル」、「年賀タオル」などとして販売されることがあったことが認められる。また、「年賀」の後に贈答品の品名を続ける語が使用されることもあったことが認められる。

他方、前記1⑵、⑶に照らすと、令和3年より前に、新年の贈答品として「マスク」を渡すことは一般的でなく、令和2年には、新型コロナウィルスによる疾病の流行を受けて、令和3年の新年の贈答品としてマスクを渡すことを考える者が現れ、「お年賀マスク」という言葉が使われることがあったことが認められる。もっとも、マスクは、令和3年までは新年の贈答品として渡されることは一般的でなかったことから、それが使用される記事等においても、説明とともに、括弧を付けた上で「お年賀マスク」という語が使われることが多かった。

⑵ 以上によれば、「年賀」については、新年に渡す贈答品を指す語としてある程度定着し、「年賀」としてよく贈答されるタオルについては「お年賀タオル」と呼ばれることもあったが、従来、新年の贈答品としてマスクを渡すことは余りなく、令和2年の半ばから令和3年頃、「お年賀マスク」の語自体が、普通名称となっていたとは認められない。また、令和3年まで、新年の贈答品としてマスクを渡すことは余りなく、令和2年の半ばから令和3年にかけて、「お年賀マスク」との語が使われた場合、それは新しい語であるとの印象を与えるものであったと認められる。そして、被告標章は、被告商品の包装箱において、「御年賀」と記載されたのし紙の柄などとは別に、その記載態様(太く黒い筆文字)や位置(包装箱上面については、その中央付近に記載されている。)に照らし、他の部分とは区別してそれ自体でかなり目立つように記載されている。「お年賀マスク」についての当時の認識にこのような被告商品における被告標章の使用態様等を総合的に考慮すると、令和2年8月から令和3年1月頃、被告商品の包装箱における被告標章が、需要者に何人かの業務に係る商品であることが認識できる態様により使用されていない商標であったとは認められない。

 争点2(被告標章は、商品の用途として普通に用いられる方法で表示されたものであり、本件商標権の効力が及ばないか)について
前記3⑴のとおり、新年に渡す贈答品を指す語として「お年賀」が使用され、ある程度定着していることがうかがわれるものの、令和3年より前に、新年の贈答品として「マスク」を渡すことは一般的ではなかったのであり、「お年賀マスク」自体が商品の用途を示す語句であるとは直ちには認め難い。また、同⑵の被告標章の使用態様からすると、商品の用途としての普通に用いられる方法とも認められない。したがって、被告標章は、商品の用途として普通に用いられる方法で表示されたものであり本件商標権の効力が及ばない旨の被告の主張には理由がない。

 争点3(本件商標は、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であり、無効審判により無効にされるべきものであるか)について
前記1⑴のとおり、「年賀」については、新年に渡す贈答品を指す語としてある程度定着していたが、令和3年より前に、新年の贈答品として「マスク」を渡すことは一般的でなく、また、上記の頃より前に、本件証拠上、「お年賀マスク」という語を使用する例があったことを認めるに足りない。そうすると、本件商標の登録日の前である登録査定時において、「お年賀マスク」が商品の普通名称であったとは認められない。したがって、本件商標は、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標に当たることにより無効審判により無効とされるべきである旨の被告の主張には理由がない。

 争点4(損害の発生及び数額)について
⑴ 前記2のとおり、本件商標と被告標章は類似するから、被告による被告商品の販売行為は、本件商標権の侵害行為を侵害したものとみなされる(商標法37条1号)。

⑵ 商標権者に、侵害者による商標権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、商標権者がその侵害行為により損害を受けたものとして、商標法38条2項の適用が認められると解される。

原告は、前記第2の1⑷のとおり、原告の商品を販売するウェブサイトにおいて、本件商標を商品名の一部として付した原告商品を法人向けに販売していた。これに対し、被告は、同⑶のとおり、販売サイトや小売店の店頭において、被告商品を販売していた。もっとも、原告商品も被告商品も新年の挨拶における贈答品として用いられる衛生マスクであり、一般的な衛生マスクとは販売のコンセプトが異なることをも踏まえると、原告商品の顧客となるべき法人において、被告商品を被告の販売サイトや小売店の店頭から商品を購入するものがいなかったとはいえない。そうすると、被告の侵害行為により原告商品の売上げが減少したものと評価でき、原告に、被告による商標権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する。

したがって、商標法38条2項の適用がある。

⑶ア 商標法38条2項により侵害者が受けた利益の額が原告の損害と推定される。もっとも、同規定は推定規定であるから、侵害者の側で、侵害者が得た利益の一部又は全部について、商標権者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張立証した場合には、その限度で上記推定は覆滅される。

 被告は、令和2年8月から令和3年1月までの間に、被告標章が付された包装箱に入れた衛生マスク4種類を販売していた。被告商品について、前記第2の1のとおり、その売上額は合計1596万1281円であり、そのための経費は1215万0844円であったから、限界利益は381万0437円である。

ウ・・・そうすると、原告商品の顧客となるべき法人に、被告商品を被告の販売サイトや小売店の店頭から商品を購入するものがいなかったとはいえないものの(前記)、原告商品は上記のとおり法人がそのノベルティ商品として購入するものであるのに対し、被告商品は、基本的には、一般の消費者が購入するといえ、その市場は異なる部分が非常に大きく、この事情は、前記推定を覆滅させる事情であると認める。

・・・以上のとおり、原告商品と被告商品は、市場が非常に大きく異なった。原告商品の市場は被告商品の市場に比べて小さく、被告商品の市場のうち、ごく一部が原告商品の市場と重なっていたといえる。このような事情によれば、被告商品を購入した者のうち、被告商品に被告標章が付されていることによって原告商品に代えて被告商品を購入したといえる者の割合はかなり低いと認められ、被告が主張する事由のうち、上記の理由により、原告は被告商品の販売数量のうちの相当多くのものについて販売することができたとはいえない事情があり、商標権者が受けた損害との相当因果関係が欠けると認める。上記の理由により、原告は被告商品の販売数量の95%について販売することはできたとはいえず、被告が得られた限界利益のうち、原告の損害との相当因果関係のあるものは、5%であったと認めるのが相当である。

 そうすると、商標法38条2項による原告の損害は次のとおり、19万0521円である(小数点以下切り捨て)と認められる。

(計算式)381万0437円×0.05=19万0521円(小数点以下切り捨て)

⑷ 商標法38条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、商標権者が使用許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解される。

前記⑶によれば、本件の事情の下においては、原告が販売することができない事情があるとされた数量に相当する被告商品については、原告が使用許諾をすることができたと認められる。

そして、商標法38条3項の使用の対価を算定するにあたっては、当該商標権の侵害があったことを前提として当該商標権を侵害した者との間で合意をするとしたらならば、当該商標権者が得ることとなるその対価を考慮することができる(同条4項)。第10類の商標の使用料率の平均値は売上高の3%とされるが、その最大値は5.5%とされ(乙61)、この使用料率の平均値には、非侵害者との間の合意による使用料率も含まれており、侵害した者との間で合意をする場合平均値より高い使用料率になり得ることを踏まえると、原告の使用機会の喪失による得べかりし利益は、対象となる商品の売上高の5%は下回らないものと認める。

そうすると、商標法38条2項による推定が覆滅される部分についての商標法38条3項の損害は、以下のとおり、75万8160円となる。

(計算式)1596万1281円×0.95×0.05=75万8160円
(小数点未満切り捨て)

⑸ そうすると、原告の損害額は94万8681円となる。

〔コメント〕
 本件においては、原告商標「お年賀マスク」の識別力の判断が、従来、新年の贈答品としてマスクを渡すことがあまりなかったということや、被告標章の使用時期における取引実情を考慮して冷静に判断されている印象を受けました。また、商標法38条2項に基づく損害賠償額の算定においても、原告商品と被告商品の市場の違いにより、被告が得られた限界利益のうち、原告の損害との相当因果関係のあるものは5%であったと判断されております。本件は被告標章が商標的使用にあたるかどうかという判断においても、損害賠償額の算定においても取引実情が十分に考慮されている案件であり、事件の内容も比較的分かりやすいものかと思われますので、興味を持たれた方は判決全文を読んでみることをお勧めします。

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