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事例紹介

2023.09.15

「瓦」事件 [弁理士 德永 弥生]

「瓦」事件 [弁理士 德永 弥生]

令和5年(行ケ)第10008号 審決取消請求事件https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/226/092226_hanrei.pdf
原告:大成建設㈱、㈱隈研吾建築都市設計事務所
被告:小林瓦工業㈱、碧南窯業㈱、㈱神仲

■事件の概要
 原告らは、被告らの所有する「瓦」の意匠登録について無効審判(無効2021-8800006号)を請求したところ、請求は成り立たないとの審決がされたため、審決の取り消しを求めて本件訴えを提起しました。
 裁判所は、本件意匠は意匠法3条1項3号に該当し無効とされるべきものであるとして、審決を取り消す判決をしました。

本件に関連する基本的な事実関係等
【平成28年7月14日】沖縄県石垣市役所の新庁舎建設に関する公募の公開プレゼンテーション・ヒアリングにて、原告事務所が提案者としてプロポーザルを行った。

【平成28年8月8日】石垣市は、新庁舎の建設工事の設計を原告事務所らに発注。被告小林瓦と原告事務所は、同月頃から同市役所新庁舎の屋根に用いる瓦の施工に関連して関係を持つようになる。

【平成29年2月16日】被告小林瓦は、原告事務所に瓦のパンフレット(以下「本件パンフレット」)及び写真(以下「本件写真」)を交付

【平成29年2月19日】石垣市における新庁舎基本設計説明会

【平成29年6月16日】被告らは、本件意匠に係る出願の元となる特許出願(特願2017-118407)をし、「発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書を提出。その資料として、同年2月20日付け八重山毎日新聞及び石垣市役所ホームページの新庁舎基本設計説明会の記事の写を添付

【令和2年2月13日】本件特許出願を分割、意匠登録出願に変更

【令和2年5月6日】被告らは丸鹿セラミックス他2者(以下「債権者ら」)に対し、不競法2条1項3号違反を理由として瓦の製造等の仮の差止め等を求める仮処分を申し立て

【令和2年6月30日】本件意匠設定登録

【令和2年8月13日】被告小林瓦は債権者らに対し、本件意匠権に基づき瓦の製造等の仮の差止め及び廃棄等を求める仮処分を申し立て

【令和2年11月6日】不正競争仮処分事件につき、債務者らの製造等する瓦はちゅら瓦の形態模倣に当たるとして譲渡等の禁止の決定

【令和3年3月30日】意匠権仮処分事件につき、本件パンフレット及び本件写真に記載された瓦の意匠は、原告事務所に前記パンフレット及び写真が送付されたことで同事務所の従業員らに現実に知られたものであり、本件意匠は意匠法3条1項3号の規定に違反してされたものとして無効とされるべきものであるとして申立て却下の決定(その後、知的財産高等裁判所により抗告棄却決定)

【令和3年5月18日】原告らが本件意匠登録に対し無効審判請求

■本件審決の理由の要旨
「無効理由1につき、本件模様瓦の意匠は、本件パンフレット及び本件写真を平成29年2月16日に原告事務所に交付したことにより、本件意匠出願前に公然知られた意匠となったが、本件パンフレット及び本件写真から認められる本件模様瓦の意匠に関しては、その背面、右側面及び底面の形状は不明であり、瓦を観察する需要者は、左側面形状、右側面形状及び底面形状に注意を払うというべきであるから、それら形状が不明な本件模様瓦と本件意匠との相違が両意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく、背面の形態についても不明であることの類否判断に及ぼす影響も小さくはないから、これら相違点が類否判断に及ぼす影響が大きいことを考慮すると、本件意匠は、本件パンフレット及び本件写真から認められる本件模様瓦の意匠に類似せず、意匠法3条1項3号に掲げる意匠には該当しないので、同項柱書の規定により本件意匠について意匠登録を受けることができないとはいえない」

 本件審決では、上記の通り、引用意匠のうち需要者等の注意をひく部分の形状(左側面形状、右側面形状及び底面形状)が、それが掲載されたパンフレット及び写真からは不明なため、本件意匠とは非類似と判断されました。なお、本件審決においては、瓦の需要者等は、「瓦を用いて屋根工事を行う建設業者等や屋根工事の施主」とされています。

■裁判所の判断
「2 取消事由1(本件意匠と本件模様瓦の意匠との類否判断の誤り)について

ア ・・・本件意匠に係る物品である瓦は、これを施工する建築業者等もその需要者ではあるものの、これを注文し、その所有者等となる屋根工事の施主も重要な需要者であり、建築業者等であっても、最終的には施工後に施主から見た美観の観点を重視するというべきであるから、本件意匠に係る類否判断における需要者の視覚を通じて起こさせる美観の観点については、施工する建築業者のみならず、施工後に施主が重視する美観の観点からも行うべきである

「オ 本件意匠の具体的構成態様のうち、「男瓦の両側部と上部に、コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様が形成されている」(具体的構成態様a)、「男瓦に形成されたコ字状のラインの模様において、コ字状のラインの内側線が、男瓦の外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側のラインの幅は、男瓦の横幅の約6分の1である」(同b)との部分は、いずれも男瓦の全面にわたる模様であり、施工後は特に施主を中心とした需要者にとり最も目に付くものであり、下方開口構成に係るこうした瓦は知られていない。

 本件意匠のその余の具体的構成のうち、「右上端に位置する一段低く形成された円弧部分の表面は平坦に形成されている。また、円弧部分の右側端は、男瓦の右側端と略平行に形成されている。」(具体的構成d)、「女瓦の上端に波線状の凸部が一本形成されている。」(同e)、「女瓦の左下端が直角に形成されている。」(同f)、「裏面に上側端と、下側端と、中央部に三つの凸部が横方向に形成されている。」(同g)との部分は、前記エのとおり、いずれも、施工後には完全に見えなくなる部分であることに加え、瓦全体に比して小さいか、美観に影響を与えるものとは認め難い部分であり、需要者が特に注目する部分とはいえない。

カ そうすると、本件意匠と本件模様瓦の意匠とで最も異なる具体的構成のcに係る、コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分から僅かに段差状に隆起している(本件意匠)との部分については、瓦全体からみると隆起による差異はごくわずかであり、特に瓦屋根の施工後においては、その隆起の程度も屋根全体からみて相対的に小さいことから、コ字状のラインの模様には需要者の注意がいくものの、その隆起の程度にまでは注意がいくものとは認め難い

 そうすると、前記需要者の観点からみた場合、本件意匠と本件模様瓦の意匠は類似するというべきである。」

 上記の通り裁判所は、瓦の需要者等の観点について、施工時の建築業者等のものだけでなく、施工後に施主が重視する美観の観点も重要であるとしました。パンフレット等で公開された意匠は施工後のイメージのため、その背面等の形状が不明であったものの、それらの形状は施主から見れば施工後は見えなくなるものですので意匠の類否に与える影響は小さいとして、それらの形状が不明なため両商標は非類似とした審決を覆し、両意匠は類似すると判断しました。

 また、本件事案では、以下の通り、新規性喪失の例外適用の申請について、被告らから意匠を提示された原告らが守秘義務のある者であったかどうか等について判断がされました。

「(2) そして、前記1で認定した事実によれば、本件模様瓦(試作品B)は、平成28年11月頃に、被告小林瓦が原告事務所に持ち込んで提供した後、同事務所に保管され、平成29年2月16日に原告事務所に本件パンフレット及び本件写真が送付されたところ、本件写真及び本件パンフレットには、本件模様瓦の意匠が開発中のものであることや開発者に対する内部的なものであることの記載はなく、また、「秘」、「部外秘」、「非公開資料」などの記載がないばかりか、本件写真や本件パンフレットを添付した電子メールにおいても、その本文などに、添付された本件写真や本件パンフレットの電子データが営業秘密であるとか内部的なものであるなどの記載もなく、原告事務所及びその従業員について、被告らとの間で、本件模様瓦の意匠に関し守秘義務を結んでいるなどの事実は認められないから、遅くとも、同日には原告事務所の従業員らに対して知られるところとなり、公然知られたものと認められる。そうすると、本件意匠は、本件意匠の出願前に公然知られた意匠と類似するから、意匠法3条1項3号に該当し、意匠登録を受けることができないものであり、同法48条1項1号により無効とされるべきものである。」

 本件は、特に、意匠の類否判断に際し需要者等の特定が重要であることと、出願前の第三者への意匠の公開事実に関し新規性喪失の例外的適用の申請をすべきものかの判断と、第三者に公開する際に秘密であることを表示する必要性について、参考になる事案と考えます。

以上

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