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事例紹介
2025.01.15
商標「プレラクトン」異議申立事件 (商標法第3条第1項第1号) [弁理士 清水 三沙]
【異議申立番号】異議2024-900056
【異議申立日】令和6年3月7日
【確定日】令和6年8月30日
【権利者】ロート製薬株式会社
【異議申立人】日本香料工業会
【本件商標】登録第6769768号商標「プレラクトン」
第1類「化学品」他(その他第3類)
本件は、異議申立人が、本件商標「プレラクトン」の「ラクトン」は化学物質として広く知られる物質群の総称で有機化学に接した者であればすぐに認識できるものであり、 また、「プレ-(pre-)」は接頭辞として「以前の」「前の」という意味を有するから、「プレラクトン」は「ラクトン」になる前の物質、すなわちラクトン前駆体という化学物質の原材料の普通名称にほかならず、本件商標の指定商品はいずれも化学物質が配合されるものであるから、本件商標の指定商品がラクトン前駆体を配合する場合、その商品に用いられる化学物質たる原材料を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標に該当するとして、本件商標は商標法第3条第1項第1号もしくは第3号に該当するものであるとして、本件商標登録の取り消しを求めた事案です。
異議申立人は、本件商標が普通名称や品質表示である根拠として、「ラクトン」について記載したWikipedia や有機化学の教科書、論文検索サイトでの「プレラクトン」の検索結果を提出しております。
審決では、商標法第3条第1項第1号・第2号・第3号の違いが述べられており参考になる案件と思われるため、紹介いたします。
【当審の判断】
(1)「プレラクトン」の文字について
ア 申立人の提出する証拠及び主張によれば、以下の事実が認められる。
(ア)Wikipediaには「ラクトン」の表題の下、「ラクトン(lactone)は、環状エステルのことで、同分子内のヒドロキシ基(-OH)とカルボキシ基(-COOH)が脱水縮合することにより生成する。」と記載されている(甲1)。
(イ)「マクマリー有機化学(中)第8版(東京化学同人)」の800ページには「環状エステル」として 「ラクトン」が記載されている(甲2)。
(ウ)「JST運営の無料で使える情報検索サービス」のウェブサイトにおいて「プレラクトン」の語をキー ワードとして検索すると、「プレラクトンV」、「プレラクトンB」、「プレラクトンC」等「プレラクトン (prelactone)」の文字を含む検索結果が、「文献」、「物質」及び「用語」として複数件表示さ れた(甲3)。
(エ)「ScienceDirect」のウェブサイトにおいて、「プレラクトン」の英語「prelact one」をキーワードとして検索すると、「Prelactone V」、「Prelactone B」等 「Prelactone」の文字を含む検索結果が複数件表示された(甲4)。
イ 上記アによれば、「ラクトン(lactone)」が化学物質の名称であること、及び本件商標の登録査定後ではあるものの、「プレラクトン(prelactone)」の語で論文等の検索サービスで検索すると、複数件の検索結果が表示されたことが認められる。
しかしながら、「プレラクトン」の文字は、辞書等に掲載されている語ではない。また、甲第3号証及び甲第4号証の検索結果に表示された「プレラクトン(prelactone)」の文字について、定義や説明文等の記載が見当たらないことから、これが如何なるものであるかが明らかではなく、当該文字が「ラクトン前駆体」を意味する語として使用されていることは確認できないし、本件商標の指定商品の普通名称、商品の品質、原材料等を表示するものとして使用されていることも確認できない。
さらに、職権をもって調査しても、「プレラクトン」の文字が特定の化学物質等を表す名称として一般に広く使用されている事実はもとより、取引者、需要者をして、特定の商品又はその商品の品質を直接的に表示したものとして認識されると判断するに足る事実を見いだすこともできない。
(2)商標法第3条第1項第1号、同項第2号及び同項第3号該当性について
商標法第3条第1項第1号は、「その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」については、商標登録を受けることができない旨定めているところ、その「普通名称」とは、取引界において、その名称が特定の業務を営む者から流出した商品又は役務を指称するのではなく、その商品又は役務の一般的な名称であると意識されるに至っているものをいうと解される。
商標法第3条第1項第2号は、「その商品又は役務について慣用されている商標」については、商標登録を受けることができない旨定めているところ、その「慣用されている商標」とは、同種類の商品又は役務について、同業者間において普通に使用されるに至った結果、自己の商品又は役務と他人の商品又は役務とを識別することができなくなった商標をいうと解される。
商標法第3条第1項第3号は、「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状 を含む。・・・)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提 供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」については、商標登録を受けることができない旨定めているところ、その商標が、その指定商品又は指定役務に使用されたときに、取引者又は需要者が 商品又は役務の特徴等を表示するものと一般に認識するものをいうと解される。
そこで、「プレラクトン」の文字についてみるに、当該文字は、上記(1)のとおり、本件商標の指定商品の分野において、商品の一般的な名称であると認識されるものではなく、同業者間において普通に使用されるに至った結果、自己の商品と他人の商品とを識別することができなくなっているということもない。
また、申立人の提出に係る甲各号証を見ても、本件商標の指定商品の分野において、「プレラクトン」なる物質を原材料等とする商品が一般に提供されている事実は見いだせないから、本件商標をその指定商品に使用した場合、これに接する取引者、需要者は、それが商品の具体的な品質等を表したものとして認識するとはいい難い。
・・・してみれば、本件商標は、商標法第3条第1項第1号、同項第2号及び同項第3号のいずれにも該当しない。
【コメント】
商標法第3条第1項第3号該当性を争う事件は頻繁に見かけますが、商標法第3条第1項第1号該当性を争う事案は少ないため、今回取り上げました。
審決の中で「プレラクトン」の文字は、辞書等に掲載されている語ではない。また、甲第3号証及び甲第4号証の検索結果に表示された「プレラクトン(prelactone)」の文字について、定義や説明文等の記載が見当たらないことから、これが如何なるものであるかが明らかではなく」と述べられておりますが、確かに、普通名称は辞書等に定義と合わせて掲載されており、定義も一義的なものと言えます。つまり、商標法第3条第1項第1号に該当するというためには、辞書等に掲載されており、その定義が定まっていることが必要であると考えます。
一方、第3号に該当する商標は「取引者又は需要者が商品又は役務の特徴などを表示するものと一般に認識するもの」ですので、一般に品質表示等であると認識されることで足り、必ずしも辞書等に掲載されている必要はないということになります。
また、審決の中で、「普通名称」とは「その商品又は役務の一般的な名称であると意識されるに至っているものであることに加え、指定商品等との関係において、その名称で一般に提供されているもの」と述べられていますが、この点についても正しくその通りで、普通名称はその名称で取引されており、商標法第3条第1項第1号に該当するというためには、その名称で提供されている事実を立証する必要があります。
一方、商標法第3条第1項第3号に該当する商標は「商品又は役務の特徴等を表示するものと一般に認識するもの」ですので、一般に使用されている事実がなくても当該商標から想起される意味合いが品質表示的なものであれば3号に該当するということになります。
普通名称に該当するような商標は特許庁の出願審査段階で拒絶理由を通知されるケースが多いと思われますが、専門的な分野においては特許庁が普通名称であることを把握できていない場合があり、異議申立や無効審判を請求しなければならない場合があるかもしれません。本件は、そのような場合の参考にしていただければと思います。
※本件記事の情報は、執筆時点で入手可能な法令・判例等に基づいて作成した一般的な解説です。最新の法令・判例と異なる場合や、個別の事案には必ずしも適合しない場合があります。具体的な対応が必要な場合は、弁理士にご相談いただくようお願いいたします。