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事例紹介
2024.07.15
木枯らし紋次郎事件 [弁理士 服部 京子]
令和5年(ワ)第70139号 著作権侵害差止等請求事件(東京地裁)
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/621/092621_hanrei.pdf
事件の概要
「木枯し紋次郎」シリーズの連載小説を始めとする故笹沢左保氏の創作に関する著作権を全て相続した原告A、及び、原告Aから著作権一切に関する独占的な利用を許諾された原告会社が、食品の製造販売等を業とする被告が被告図柄(以下参照)及び「紋次郎」を被告商品に付して製造販売等することは、本件各作品(「木枯し紋次郎」シリーズの連載小説、それを原作とした漫画作品等)に係る著作権を侵害し、被告図柄等を付して被告商品を製造販売することは、不競法2条1項1号又は2号に掲げる不正競争に該当するとして、被告商品の製造販売等の差止めなどを求めた事案です。
なお、裁判所の求めにより原告が特定した本件著作物及び商品等表示(本件紋次郎表示)は以下となります。
本事件において、原告が著作物/商品等表示と主張するものは小説等のキャラクターであり、上記のような特定がされています。この部分について裁判所がどのように判断したかを中心に見ていきたいと思います。
争点1:著作権侵害の有無について
著作権法における「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(2条1項1号)と定義されていますが、本件のような連載小説の登場人物については、以下のように解されています(下線は筆者、以下同様)。
一定の名称、容貌、役割等の特徴を有する登場人物が反復して描かれている一話完結形式の連載小説においては、当該登場人物が描かれた各回の文章表現それぞれが著作物に当たり、上記登場人物のいわゆるキャラクターといわれるものは、小説の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができない。そうすると、一話完結形式の連載小説に登場するキャラクターは、著作権法2条1項1号にいう著作物ということはできない(連載漫画についての最高裁平成4年(オ)第1443号同9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁参照)。
原告は本件著作物の特定については、先に記載した態様でのみ特定するにとどまり、個別の写真や図柄等で特定していないことから、著作物を具体的に特定しないものとしてその主張自体失当と言わざるを得ないとしています。
仮に、原告らが、本件渡世人という記述に加え、本件書籍、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品の一貫した中心人物という趣旨をいうものとして特定しているとしても、上記中心人物は、本件書籍、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品の表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念をいうものであるから、原告らが特定するものは、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができないことからすると、これを著作物であると認めることはできない。
(中略)渡世人が、三度笠を目深にかぶり、引き回しの道中合羽で身を包み、長脇差を携えていたというのは、江戸時代の渡世人の姿としてありふれた事実をいうものであり、口に長い竹の楊枝をくわえるという部分を更に加えたとしても、これがアイデアとして独自性を有するかどうかは格別、著作権法で保護されるべき創作的表現という観点からすれば、その記述自体は明らかにありふれたものである。仮に、本件渡世人に対しその後本件テレビ作品で加えられた表現をもって二次的著作物とする原告らの主張に立って、「通常より大きい」三度笠で、「通常よりも長い」道中合羽で身を包んでいるという記述を加えて更に検討したとしても、これらの記述も同じく極めてありふれたものであり、原告らの上記主張の当否を判断するまでもなく、本件渡世人に係る上記記述は、全体として、ありふれた事実をありふれた記述で江戸時代の渡世人をいうものにすぎず、これを創作的表現であると認めることはできない。
また、
「例えば本件テレビ作品の映像の一部(本件紋次郎表示目録参照)に係る人物写真に著作権を有することを前提として、著作権侵害を主張するとしても」、
と仮定であることを前置きしつつ、被告図柄との関係についても以下のとおり判断しています。
本件テレビ作品の映像の一部に係る人物写真と、被告図柄との同一性を検討し得る部分は、明らかに創作的表現がない部分にとどまることからすれば、被告図柄の製作が複製又は翻案に該当しないことは、自明である(最高裁平 成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻 4号837頁参照)。のみならず、被告図柄で記述された渡世人の姿についてみると、三度笠の大きさは、概ね背丈ほどもある巨大なものであり、江戸時代の渡世人の姿とは異なるものである。また、口にくわえるものも顔の数倍程度もあるものであり、これを直ちに竹の楊枝であると認識し得るものとはいえない。そうすると、被告図柄の記述自体からは、本件渡世人のような江戸時代の渡世人を直接感得することはできないことからすると、上記において同一性を検討し得るとした部分についても、著作権法の観点から仔細に検討すれば、そもそも同一性を欠くものといえる。
争点2:不正競争該当性について
本事件においては、商品等表示性についても以下のとおり否定されました。
原告ら主張に係る商品等表示とは、前記①ないし④の特徴を備えた本件渡世人に係る表示をいうところ(第1回口頭弁論調書参照)、本件渡世人がありふれた江戸時代の渡世人をいうにすぎないことは、上記において説示したとおりであり、本件渡世人に係る表示は、そもそも不正競争防止法2条1項1号又は2号にいう「商品等表示」に該当するものとはいえない。
仮に、原告らの主張が、本件渡世人の図柄又は写真に「紋次郎」という名称が付された表示をいうものとしても、商品等表示として具体的な特定を欠くのみならず、一般に「紋次郎」という名称は、本件書籍、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品に登場する中心人物を示す、いわゆるキャラクターに関する識別情報であり、本来的に商品又は営業の出所表示機能を有するものではない。そして、本件全証拠をもっても、原告ら主張に係る上記表示が、キャラクターに関する識別情報を超えて、原告らの営業を表示する二次的意味を有するものと認めるに足りず、まして原告ら主張に係る上記表示が、原告らの営業等を表示するものとして周知著名であるものとは、本件全証拠を踏まえても、明らかに認めるに足りない。
なお、被告は被告図柄や商品名「紋次郎いか」「げんこつ紋次郎」を商標登録しており、これら登録商標を付して被告商品を販売してきたことにより、信用を長年にわたって蓄積してきたとして、原告らの営業等と誤認混同を生ずるおそれを直ちに認めることができない旨も最後に加えられています。
以上のとおり、原告の主張はいずれも認められませんでした。
今回の事件では、連載小説やその関連作品のキャラクターを抽象化したものについて著作物性/商品等表示性が争われた事案です。キャラクターを勝手に使われることは権利者にとって許せないものではあるものの、確かに原告の主張に基づいても特定のキャラクターをイメージすることは難しく、この判断は仕方がなかったのではないでしょうか。