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事例紹介

2024.04.15

商標「KHB」第4条第1項第7号無効審決 [弁理士 清水 三沙]

商標「KHB」第4条第1項第7号無効審決  [弁理士 清水 三沙]

【審判番号】無効2022-890026
【審判請求日】令和4年4月14
【確定日】令和5年1113
【請求人】上海科華生物工程股フン有限公司
【被請求人】岡田 盛

【本件商標】「KHB」(第10類「新型コロナウイルス抗原の検査用のキットになった医療診断用機械器具」他
【引用標章】
①引用標章1

②引用標章2

(引用商品:「感染症の検査用のキット,診断用製品」)

 今回紹介する事件は、登録商標「KHB」(登録第6416078号、以下、「本件商標」。)の出願経緯が社会的相当性を欠くものであり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に当たることから商標法4条1項7号に該当すると判断された結果、本件商標登録が無効になった事件です。

 出願経緯が社会的相当性を欠くことを理由に4条1項7号に該当すると判断される場合、出願人(本件であれば被請求人)が引用標章の存在を知った上で、これが我が国において商標登録出願及び商標登録されていないことを奇貨として高額で買い取らせる等の不正の目的があるだけでなく、実際に高額で買い取らせるための行為等を行ったことが必要となるケースが多いです。

 しかしながら、本件では被請求人は請求人に対して何らアクションをとっていませんが、不正の目的があったと推認されて4条1項7号に該当すると判断されています。

 そこで、本件において請求人が被請求人にアクションを取っていなくても4条1項7号に該当すると判断されたポイントを紹介します。

【当審の判断】 
 4条1項7号該当性について、知的財産高等裁判所 平成17年(行ケ)第10349号 同18年9月20日判決を引用した上で、以下の判断を行っています。

 ア 請求人及び引用標章について
 請求人は、1981年に上海で設立された会社である(甲2、甲27ほか)。請求人は、新型コロナウイルス感染症の検査キットを含む各種医療診断製品の研究開発、生産及び販売を手がけており、中国において、医療診断用品及び体外臨床診断分野のトップ企業として位置付けられている(甲27~甲29、甲32)。

 引用標章は、請求人の英語表記の略称であるとともに、請求人が引用商品(「感染症の検査用のキット,診断用製品」)について使用しているものであり、少なくとも2017年以降、中国内外で開催された各種の展示会において、引用標章が請求人の略称として表示され、又は引用標章を付した引用商品が展示された(甲8、甲9、甲11、甲17、甲18、甲20、甲34)。また、引用標章は、2006年ないし2019年にかけて、医療用診断製品等の商品について、上海市の著名商標等として認定された(甲36~甲49)。

 そうすると、引用標章は、本件商標の登録出願前から、中国内外において、請求人により、請求人の英語表記の略称として、また、請求人の業務に係る商品を表示するものとして使用されていたものである。

 イ 本件商標と引用標章の類否について
 本件商標は、上記第1のとおり、「KHB」の文字を標準文字で表してなり、他方、引用標章も、別掲1及び別掲2のとおり、それぞれ「KHB」の文字を普通に用いられる方法で書してなるものである。

 本件商標と引用標章を比較すると、両者は、文字の太さに差異があるとしても、「KHB」の構成文字を同一にすることから、両者は明らかに類似するものというべきである。

 ウ 被請求人による本件商標の使用等について
 被請求人が、医薬品や医療機器の製造販売等の業務を行っている事実や、それらについて本件商標を使用している事実は確認することができない(請求人の主張、職権調査)。

 エ 判断
 上記アのとおり、引用標章は、本件商標の登録出願前から、中国内外において、請求人により、請求人の英語表記の略称として、また、請求人の業務に係る商品を表示するものとして使用されていたものである。

 また、上記イのとおり、本件商標と引用標章とは、互いに類似するものである。

 そして、本件商標の指定商品が上記第1のとおり、「感染症の検査用のキットになった医療診断用機械器具,新型コロナウイルス抗原の検査用のキットになった医療診断用機械器具」を含むものであって、引用商品と同じ医療分野の範ちゅうの商品であること、引用商品には新型コロナウイルス感染症の検査キットが含まれるものであること、本件商標の登録出願が、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い当該感染症の検査キット等の需要が高まっていたとみられる時期にされたこと、さらに、上記ウのとおり、被請求人が医薬品や医療機器の製造販売を行っている事実が確認できないことを勘案すれば、被請求人が本件商標に類似する引用標章の存在を知ることなく、偶然に本件商標を採択し、その指定商品について使用したとは想定し難く、むしろ、被請求人は、引用標章の存在を知った上で、これが我が国において商標登録出願及び商標登録されていないことを奇貨として、高額で買い取らせたり、請求人商品の国内取引を阻止したりするなど不正の目的をもって、ひょう窃的に出願したものと推認し得るものである

 加えて、上記第4のとおり、被請求人は、請求人の主張に対し、何ら答弁していない

 そうすると、このような被請求人による本件商標の登録出願の経緯は、上記(1)における「当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合」に当たるものというべきであるから、本件商標は、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標と判断するのが相当である。

 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当する。

【コメント】
 本件は、コロナ禍において、コロナ感染症の研究等を行っている請求人の商品が日本にも輸入されることが十分に予想される状況の中、医療機器等の販売を行っているとは思えない個人が、請求人の使用商標と同じ商標を、請求人の使用商品が含まれる指定商品で出願したことから、被請求人が不正の目的で商標出願したことが明白であると判断されたものと推察いたします。本件商標の出願時期や、出願人が個人であることも決め手になっていると考えます。

 本件においては、請求人の商標が中国において著名商標であると認定されていることも関係していると思われますが、被請求人から請求人からアクションがなくても4条1項7号に該当すると判断された点については、今後の参考になるものと思われます。

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