TRADE MARK TOPICS

事例紹介

2023.10.15

結ばない靴紐・不正競争行為差止等請求事件 [弁理士 服部 京子]

結ばない靴紐・不正競争行為差止等請求事件  [弁理士 服部 京子]

令和3年(ワ)22940号 不正競争行為差止等請求事件(東京地裁)

(控訴審:令和4年(ネ)第10111号)

判決文: https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/492/091492_hanrei.pdf

(控訴審判決:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/058/092058_hanrei.pdf

事件の概要
 本事件の原告は、スポーツ用品の製造・販売等を目的とする株式会社であり、被告は、個人である被告A、及び被告Aが代表取締役を務める被告会社です。

(本事件に至るまでの経緯)

 原告と被告A、及び訴外2名は特許権の共有者であり、4者は各自分担して特許発明の実施(製品の製造・販売)をすることに合意していましたが、原告がその合意に基づかずに特許発明の実施(「キャタピラン」等の製造・販売)を行ったことから、被告Aは原告に対し特許権侵害訴訟を提起しました。当該訴訟の控訴審において被告Aの請求は一部認容され、裁判所は原告の特許権侵害を認定しています。

 原告は、上記控訴審において、本件特許権(被告Aの共有持分権)侵害の不法行為に基づく損害賠償請求の原因(数額の点は除く。)は理由があるとの中間判決が出たのち、キャタピラン等を設計変更した製品である「キャタピラン+」等の製造・販売を開始したため、被告Aは、原告及び原告の代表者であるBに対し、キャタピラン+等が本件特許権を侵害すると主張して、その製造・販売等の差止め等を求める仮処分を申し立てました。

 その後、仮処分の判断がされる前に、被告Aは原告の取引先10社に対して、被告Aとしては、原告の製造・販売しているキャタピラン+等は、被告Aらが保有する本件特許権を侵害していると考えているなどと記載された通知書を送付しました(本件告知行為)。

(本事件の概要)
 原告は、被告らが原告の取引先に対して、原告の製造又は販売する製品は被告Aが共有する特許権を侵害している旨の通知書を送付した行為が、不正競争防止法2条1項21号にいう不正競争行為及び共同不法行為を構成すると主張して、被告らに対し、その行為の差止めと損害賠償を求めた事件です。

(*通知書は被告Aの代理人Aが差出人ですが、原告は、原告と被告会社が競争関係にあり、本件告知行為により営業上有利な地位に立つという利益を享受するのは被告会社であり、被告Aが被告会社の代表取締役であることが記載されていることなどから、被告会社も本件告知行為の行為主体であると主張しています)。

 本事件については、キャタピラン+等の特許権侵害の有無も争点になっていますが、今回はその細かな判断は割愛し、キャタピラン+等を製造又は販売する行為は本件特許権を侵害しないという前提(争点1-1,1-2にて判断)で、他の争点を見ていきたいと思います。なお、本件は控訴審もありますが、一部修正等がされている他は概ね同内容ですので、地裁判決にてご紹介します。判決からの引用を絞ってはいるものの量が多いため、読み飛ばしながら気になる部分を見て頂くだけでも参考になるかと思います。

争点1-3:「虚偽の事実」該当性について
 不正競争防止法2条1項21号では、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」を不正競争行為として定めています。また、本事件のように、裁判所の判断の前にその判断と異なる法的な見解を事前に告知/流布する行為について、裁判所は以下の見解を示しています(下線は筆者、以下同様)。

競争関係にある者において、裁判所が知的財産権侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する行為は、知的財産権侵害の結果の重大性に鑑みると、競業者の営業上の信用を害することによって、上記と同様に、公正な競争を阻害することは明らかである。そうすると、法的な見解の表明それ自体は、意見ないし論評の表明に当たるものであるとしても(最高裁平成15年(受)第1793号、第1794号同16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号1615頁参照)、上記行為は、不正競争防止法2条1項21号の上記の趣旨目的に鑑み、不正競争の一類型に含まれると解するのが相当である。

 したがって、競争関係にある者が、裁判所が知的財産権侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する場合には、当該見解は、不正競争防止法2条1項21号にいう「虚偽の事実」に含まれるものと解するのが相当である。

 この点、本件通知書について、以下のとおり「虚偽の事実」を含むものと認定しています。

キャタピラン+等は、裁判所が本件特許権を侵害すると判断したキャタピラン等を設計変更したものであり、前記2のとおり、少なくともキャタピラン+等については裁判所が本件特許権を侵害するものではないと判断するにもかかわらず、本件通知書には、キャタピラン+等は本件特許権を侵害していると考えているなどと記載されていることが認められる。そうすると、本件通知書の内容は、裁判所においてキャタピラン+等が本件特許権を侵害しない旨の判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知するものとして、不正競争防止法2条1項21号にいう「虚偽の事実」を含むものと認めるのが相当である。

争点2:本件告知行為の違法性の有無について
 競業者が知的財産権を侵害していないにも関わらず、競業者が侵害している旨を告知/流布する行為は不正競争行為に該当しますが、正当な権利行使の一環としてなされたと認められる場合は、違法性を欠くとされます。

 この点、本件通知書には以下のことが記載されていました(判決文より抜粋)。

・知的財産高等裁判所において、キャタピラン等の製造が本件特許権を侵害する旨の判決が言い渡されたこと

・原告が、当該判決を受け入れ、キャタピラン等の製造・販売が本件特許権侵害になることを認めたこと

・残された諸問題について包括的な和解による全面的な解決のため、原告と被告A間で協議が続けられてきたものの、全てについては合意に至ることができず、被告Aはキャタピラン+等の製造・販売等の差止めを求める仮処分を提起したこと

・通知人としては、原告が現在も製造・販売しているキャタピラン+等は、本件特許権を侵害していると考えていること

・通知人は、貴社(送付先のこと。以下同じ。)が、上記判決が対象としたキャタピラン等を原告から仕入れている事実を把握していること

・特許権を侵害するキャタピラン等を貴社が販売する行為も本件特許権を侵害する行為であり、貴社に対し、キャタピラン等の販売の差止め、在庫の廃棄、損害賠償等を請求する権利を有していること

・直ちにキャタピラン等、キャタピラン+等及びこれらを靴紐として装着する等している靴等の商品の販売を停止し、かつ、それらの販売を今後一切行わないことを誓約する書面の提出を求めること

・損害額の算定のため、貴社が上記の商品を販売開始してから現在に至るまでの利益額が分かる資料の送付も求めること

・2週間以内に回答がなかったときは、貴社に対し、法的手続を取ることを検討せざるを得ないこと

よって、裁判所は以下のとおり認定しました。

本件通知書は、キャタピラン+等については、裁判所によって本件特許権を侵害する旨の判断が未だされていないにもかかわらず、キャタピラン等について裁判所によって本件特許権を侵害する旨の判断が確定した経緯を詳述した上、キャタピラン+等についても、キャタピラン等と同様に、本件特許権を侵害する趣旨を述べて、販売の即時停止及び損害賠償額の算定に関する資料の開示を求めるものであることが認められる。

 そうすると、原告と被告会社は、「結ばない靴紐」の市場において競業しているところ、本件告知行為は、本件通知書の上記内容に鑑みると、裁判所によって本件特許権を侵害する旨の判断が確定したキャタピラン等の存在を奇貨として、そのキャタピラン等の改良品であるキャタピラン+等についても、販売の即時停止及び損害賠償額の算定を実現させて、「結ばない靴紐」の市場からこれを排斥しようとするものであると認めるのが相当である。

 したがって、一般の読み手の普通の注意と読み方とを基準として判断すれば、本件告知行為の相手方は、裁判所によって本件特許権を侵害する旨の判断が確定したキャタピラン等と同様に、キャタピラン+等についても、本件特許権を侵害するおそれがあるとの強い印象を受けるものと認めるのが相当である。

 また、原告は、前述の特許権侵害訴訟の控訴審中間判決を受け、キャタピラン+等の販売を開始するプレスリリースを行い、特許権侵害訴訟に関連する包括協議において、原告から被告Aに対して、キャタピラン+等への入れ替えに伴い、キャタピラン等の在庫を回収していることなどが伝えられていたため、裁判所は、

本件告知行為時点で、被告Aは、原告がキャタピラン等からキャタピラン+等へ商品を入れ替え、「結ばない靴紐」の市場においてキャタピラン等の販売が縮小していることを十分に認識していたといえる。これらの事情を踏まえると、本件通知書において、通知人は、キャタピラン等及びキャタピラン+等の販売停止を求めているものの、その主眼は、「結ばない靴紐」の市場に新規参入してきたキャタピラン+等の販売停止にあったものと認めるのが相当である。

(中略)そもそもキャタピラン+等は、キャタピラン等が本件特許権を侵害する旨の前訴の本件中間判決を受けて製造・販売されたものであるところ、被告Aは前訴の当事者である上、プレスリリース(甲41)やキャタピラン+等への入替えをしている旨のメール(甲40の1)を通じて、このような経緯は被告らも当然認識していたといえる。

 そうすると、被告らは、キャタピラン+等は、キャタピラン等とは異なり、本件特許権を侵害しないように製造された改良品であることを前提に、キャタピラン+等が本件特許権を侵害するか否かについて慎重に調査すべきであったといえるが、被告らがそのような調査をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない

と判断した上で、更に

被告らは、遅くとも原告の上記第1主張書面を受領した時点で、キャタピラン+等については本件特許権を侵害しない可能性が相当程度あることについて容易に認識できたにもかかわらず、その直後にあえて本件告知行為を行ったということができる

 これらの事情を総合して、本件告知行為の実態を詳細にみると、本件告知行為は、裁判所によって本件特許権を侵害する旨の判断が確定したキャタピラン等の存在を奇貨として、本件特許権を侵害しないように改良されたキャタピラン+等についても、裁判所による判断がされる前に、本件特許権を侵害する趣旨を告知し、原告の取引先に対する信用を毀損することによってキャタピラン+等を早期に「結ばない靴紐」の市場から排斥し、競業する事業者間の競争において優位に立つことを目的としてされたものであることが認められ、その態様は、悪質であるといわざるを得ない

 したがって、本件告知行為は、本件特許権の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認めることはできず、違法性を欠くものということはできない。

と判断しました。

争点3:被告会社の通知主体該当性について

 前述のとおり、本件通知書の通知人は被告A(被告Aの代理人)ですが、被告Aは被告会社の代表取締役であり、その旨も通知書に記載されています。よって、裁判所は以下のとおり、被告会社も被告Aと共同で本件告知行為をした者と認定しました。

本件通知書には、通知人が被告会社の代表取締役である旨の肩書も付されている上、本件通知書の内容が実現されれば、「結ばない靴紐」の市場において優位に立つのは、被告会社であることは自明であるから、一般の読み手の普通の注意と読み方とを基準として判断すれば、「結ばない靴紐」製品を販売していない被告Aのみならず、同製品を販売して原告と市場で競業する被告会社についても、本件告知行為の主体であると容易に認識されるものといえる。現に、証拠(甲34の1)及び弁論の全趣旨によれば、本件通知書を受領した取引先の中には、本件告知行為の主体が被告会社であると明らかに認識している取引先も存在することが認められる。

これらの事情の下においては、被告会社も、被告Aと共同で本件通知書により本件告知行為をした者と認めるのが相当である。

 以上のとおり、被告行為は不正競争行為であると認定されました。損害額については
「このような本件告知行為に至る経緯のほか、本件通知書の内容、これが送付された取引先の数、キャタピラン+等の取引を停止した取引先の数、その後の原告の取引先に対する対応その他の本件に現れた一切の事情を総合考慮して、本件告知行為により原告の営業上の信用が毀損された無形損害の額を算定すれば、本件告知行為の悪質性に鑑みると、無形損害の額であっても少なくとも100万円を下らないと認めるのが相当である。」
と判断されています。

 確かに、通知書に記載された内容を見れば、特許権侵害が認められたキャタピラン等とまだ侵害成否について判断されていないキャタピラン+等があたかも同列であるかのように書かれており、「一般の読み手の普通の注意と読み方とを基準として判断」すると、本件被告行為は不正競争行為であるということ自体はそのとおりであると感じるものです。

 訴訟に関連して、「虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」であるとした反訴が提起されることはしばしば見受けられます。プレスリリースや取引先への通知等に際しては十分な留意が必要です。

お問合わせ