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事例紹介
2024.10.15
TRIPP TRAPP事件(2024年) [弁理士 服部 京子]
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令和5年(ネ)第10111号 不正競争行為差止等請求控訴事件(知財高裁)
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/391/093391_hanrei.pdf
(原審:令和3年(ワ)第31529号 不正競争行為差止等請求事件(東京地裁)
原審判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/439/092439_hanrei.pdf)
TRIPP TRAPPをめぐっては2015年に知財高裁にて、応用美術の著作物性を判断するにあたって高度な創作性は要求さないとして、著作物性を認める判断がなされ話題となりました(なお、著作物性は認めたものの被控訴人(原審・被告)製品との類似性は認められず、著作権侵害は成立せず)。今回TRIPP TRAPPの著作物性の判断について、改めて知財高裁判決が出ましたので、2015年判決と比較しつつご紹介したいと思います。
なお、本事件では、2015年と同じく不正競争防止法2条1項1号、2号に基づく請求や不法行為に基づく請求もされておりますが、こちらについては割愛させて頂きます。
事件の概要
家具デザイナーから被控訴人原告製品である子供用椅子(「TRIPP TRAPP」)の著作権を譲り受けた法人と、当該法人から当該著作権の独占的利用権を取得し原告製品を製造販売等している法人とが原告となり、被告による被告各製品の製造販売等の行為は、原告製品の商品等表示として周知又は著名なものと同一の商品等表示を使用する不正競争行為に該当し、又は、原告製品の著作権及びその独占的利用権各侵害行為を構成し、取引における自由競争の範囲を逸脱する行為であるとして、被告各製品の製造販売差止めなどを求めた事案です。
著作権法と意匠法の適用について
今回問題となっているTRIPP TRAPPはいわゆる応用美術と呼ばれるものであり、実用品であることから著作権法と意匠法の適用範囲については議論があります。この点について、本事件では以下のように説示しています(下線は筆者、以下同様)。
作成者の何らかの個性が発揮されていれば、量産される実用品の形状等についても、著作物性を認めるべきであるとの考え方を採用したときは、これらの実用品の形状等について、審査及び登録等の手続を経ることなく著作物の創作と同時に著作権が成立することとなり、著作権に含まれる各種の権利や著作者人格権に配慮する必要から、著作権者の許諾が必要となる場面等が増加し、権利関係が複雑になって混乱が生じることとなり、著作権の存続期間が長期であることとも相まって「公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する」という著作権法の目的から外れることになるおそれがある。立法措置を経ることなく、現行の著作権法上の著作権の制限規定の解釈によって、問題の解決を図ることは困難といわざるを得ない。他方、著作権法2条1項1号によれば、「著作物」ということができるためには「文芸、学術、美術又は音楽の範囲」に属する必要があるところ、実用品は、それが美的な要素を含む場合であっても、その主たる目的は、専ら実用に供することであって、鑑賞ではない。実用品については、その機能を実現するための形状等の表現につき様々な創作・工夫をする余地があるとしても、それが視覚を通じて美感を起こさせるものである限り、その創作的表現は、著作権法により保護しなくても、意匠法によって保護することが可能であり、かつ、通常はそれで足りるはずである。これらの点を考慮すると、原告製品のような実用品の形状等の創作的表現について著作物性が認められるのは、それが実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象となるような部分を含む場合又は当該実用品が専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合に限られると解するのが相当である。
上記を踏まえた上で、原告製品の著作物性について以下のとおり判断し、著作物性を否定しました。
原告製品については、特徴①から特徴③まで及び側木と脚木をそれぞれ一直線とするデザインという本件顕著な特徴があり、これにより原告製品の直線的な形態が際立ち、洗練されたシンプルでシャープな印象を与えるものとなっていると認められることは、前記のとおりである。しかし、本件顕著な特徴は、2本脚の間に座面板及び足置板がある点(特徴①)、側木と脚木とが略L字型の形状を構成する点(特徴②)、側木の内側に形成された溝に沿って座面板等をはめ込み固定する点(特徴③)からなるものであって、そのいずれにおいても高さの調整が可能な子供用椅子としての実用的な機能そのものを実現するために可能な複数の選択肢の中から選択された特徴である。また、これらの特徴により全体として実現されているのも椅子としての機能である。したがって、本件顕著な特徴は、原告製品の椅子としての機能から分離することが困難なものである。すなわち、本件顕著な特徴を備えた原告製品は、椅子の創作的表現として美感を起こさせるものではあっても、椅子としての実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象とすることができるような部分を有するということはできない。また、原告製品は、その製造・販売状況に照らすと、専ら美的鑑賞目的で制作されたものと認めることもできない。
一方、最初に述べた通り、2015年の知財高裁判決ではTRIPP TRAPPの著作物性が認められております。
b 著作物性の要件についてみると,ある表現物が「著作物」として著作権法上の保護を受けるためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることを要し(同法2条1項1号),「創作的に表現したもの」といえるためには,当該表現が,厳密な意味で独創性を有することまでは要しないものの,作成者の何らかの個性が発揮されたものでなければならない。表現が平凡かつありふれたものである場合,当該表現は,作成者の個性が発揮されたものとはいえず,「創作的」な表現ということはできない。
応用美術は,装身具等実用品自体であるもの,家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの,染色図案等実用品の模様として利用されることを目的とするものなど様々であり(甲90,甲91,甲93,甲94),表現態様も多様であるから,応用美術に一律に適用すべきものとして,高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず,個別具体的に,作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。
2015年のTRIPP TRAPP知財高裁判決以前は、応用美術の著作物性については純粋美術と同視しうる程度の高い美的創作性が必要であるとされていました。しかし、2015年判決では、この高い創作性は不要であり、「個別具体的に,作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである」としています。
上記点を踏まえた結果、2015年判決においては以下のとおり控訴人(原告)製品であるTRIPP TRAPPについて著作物性が認められました。
控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴は,①「左右一対の部材A」の2本脚であり,かつ,「部材Aの内側」に形成された「溝に沿って部材G(座面)及び部材F(足置き台)」の両方を「はめ込んで固定し」ている点,②「部材A」が,「部材B」前方の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接している点及び両部材が約66度の鋭い角度を成している点において,作成者である控訴人オプスヴィック社代表者の個性が発揮されており,「創作的」な表現というべきである。したがって,控訴人製品は,前記の点において著作物性が認められ,「美術の著作物」に該当する。
なお、2024年判決においては実用的な機能からの分離ができるかが検討されていますが、この点に関して2015年判決では被控訴人(被告)の主張に対する形で、以下のとおり述べています。
特に,実用品自体が応用美術である場合,当該表現物につき,実用的な機能に係る部分とそれ以外の部分とを分けることは,相当に困難を伴うことが多いものと解されるところ,上記両部分を区別できないものについては,常に著作物性を認めないと考えることは,実用品自体が応用美術であるものの大半について著作物性を否定することにつながる可能性があり,相当とはいえない。
加えて,「美的」という概念は,多分に主観的な評価に係るものであり,何をもって「美」ととらえるかについては個人差も大きく,客観的観察をしてもなお一定の共通した認識を形成することが困難な場合が多いから,判断基準になじみにくいものといえる。
また、2015年判決では著作権法と意匠法の適用範囲に関する問題についても、以下のとおり触れています。
著作権法と意匠法とは,趣旨,目的を異にするものであり(著作権法1条,意匠法1条),いずれか一方のみが排他的又は優先的に適用され,他方の適用を不可能又は劣後とするという関係は,明文上認められず,そのように解し得る合理的根拠も見出し難い。
加えて,著作権が,その創作時に発生して,何らの手続等を要しないのに対し(著作権法51条1項),意匠権は,設定の登録により発生し(意匠法20条1項),権利の取得にはより困難を伴うものではあるが,反面,意匠権は,他人が当該意匠に依拠することなく独自に同一又は類似の意匠を実施した場合であっても,その権利侵害を追及し得るという点において,著作権よりも強い保護を与えられているとみることができる。これらの点に鑑みると,一定範囲の物品に限定して両法の重複適用を認めることによって,意匠法の存在意義や意匠登録のインセンティブが一律に失われるといった弊害が生じることも,考え難い。
以上によれば,応用美術につき,意匠法によって保護され得ることを根拠として,著作物としての認定を格別厳格にすべき合理的理由は,見出し難いというべきである。
2015年判決において、応用美術の著作物性に関してこれまでにない判断基準が提示されました。しかし、その後にその基準が一般的に適用されるようになることはなく、最近は2024年判決で示されるような、創作的表現が実用的な機能からの分離ができ、独立して美的鑑賞の対象とすることができるか、が判断手法の主流になっているように伺えます。